社長のエッセイ7

● 『 私の会社  暗中模索編 』 続

 クルマを売ってお金を儲けようとか 将来大きな店舗にして事業を拡大しようとかの明確なビジョンなんか何も無くて 単に親父を超えたいがだけのために 自動車販売に首を突っ込んじゃったんですから。
 お客さんの数はわかった 厳しい現実も見た さて 一番先に何をするか?

 " 今まで整備専門だった秋山自動車整備工場が生まれ変わって 秋山モータースになり ホンダのクルマの販売を始めたことを 近所の人やお得意さまに知らせること!"

 それには 何をすればいいか?  和田さんが言いました。
 「榮ちゃん 展示会やろう 展示会!」
 「展示会って何ですか?」
 「工場の入り口にホンダのクルマを並べて お客さんに案内状出して見て貰うんだよ。」
 「並べるクルマって どこにあるんですか?」
 「営業所のクルマ 2~3台持ってくるから。」
 「わかりました。だけど ウチの工場は見ての通り トタン板丸出しのキッタない工場ですよ。」
 「バッカだなァ ベニヤ板で壁を作っちゃって 壁紙張っちゃえばいいだろ。」
 「そんな仕事 どこの大工さんがやってくれるんですか?」
 「なに寝ぼけたこと言ってんだョ お前さんと俺でやるんだよ。」
 「 エーッ?」
 その言葉どおり 和田さんは材木屋さんでベニヤ板と抜き板を買ってきて 土浦営業所からホンダの壁紙を持ってきてくれて 二人で素人大工さんが始まりました。
 いざやってみて ビックリしましたよ。一年に一回ぐらいしか掃除をしない 煤けたホコリっぽいトタン板丸出しの壁が 見る見る生き返って行っちゃうんですから。
 その時 つくづく思いました。
 "人間 やる気になりゃあ 何でもできる" と!
 それが 2年後の 昭和45年の新店舗のオープンの時に役立つとは ゆめゆめ考えてもいなかった私でした。

 さあ 壁もきれいになりました。 お客さんを呼び込むのはどうしましょう?  

  何とか入れ物だけはカッコがつきました。次はお客さんへの宣伝です.。
なにしろ 前にもお話しましたように ウチには当時43人のユーザーさんしかいなかったわけですから DMを出すのにもたかが知れています。(DMというのがダイレクトメールのことだというのが分かったのはその時でした。本当に何にも知らないオタンチンでしたねェ。)
和田さんが ガリ版刷り(なつかし~)の分厚いワラ版紙(これまたなつかし~)の束を持ってきてくれました。
表紙はよく憶えていないんですが 今考えると ナンバー・登録年月日・車名・型式・お客さんの住所氏名が書いてあったんで 茨城県の軽自動車の毎月の登録台帳だったんじゃないかと思います。
「榮ちゃん この中から近くの住所の人を見つけて 宛名を書いて300通ぐらい出そうよ。」
そう言われて ぜんぜん見ず知らずのお客さんに始めてDMというものを出しました。なんか ちょっぴりクルマ屋さんに近くなったような気がして ワクワクしたのを覚えています。
DMの次は看板です。
展示会の看板はホンダN360の展示会案内が印刷されているポスターに日時と場所を書き入れるものでした。(和田さんはこの時にも 私にマジックインキのきれいに見える書き方を教えてくれました。あの人は何をやらせてもスーパーマンでしたね。)
それをベニヤ板に張って 店の前に立て掛けていたら 裏に住んでるお医者さんが
「クルマも無いのに 何の展示会をやるんだよ。」 
鼻の先でせせら笑うように 声をかけてきました。
「ホンダのN360っていう 軽自動車の展示会をやります。」
そう 返事をしましたけど とっても口惜しかった思い出があります。
もっとも "コンチキショー 今に見てろ!" そんなバネになったのも事実ですから先生に感謝しなくちゃいけないでしょうね。
(つづく)


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