社長のエッセイ9

● 『 私の会社  五里霧中編 』

「ホンダのクルマ売ってるヨ~」
生まれて初めての展示会で お得意さんや 近所の人に ホンダ車販売開始の アピールをしました。
ただ 看板を上げたからって すぐにホンダのクルマが売れたのか? と聞かれたら 答えは「ノー」です。
何しろクルマ屋さん以外の異業種でも ホンダのN360をバンバン販売していた時代ですから!
群雄割拠・弱肉強食 下克上の世界の 日本の本格的なモータリゼーションの幕開けであった当時に、自動車販売業界の何たるかも知らないポット出のアンちゃんが 海千山千の自転車屋さんや モーター屋さんの社長に徒手空拳で挑戦していくんですから 最初はかないっこありませんよ。
まるで 親分子分の序列がハッキリしているニホンザルのサル山にぶち込まれた マレーシア生まれのオランウータンの赤ちゃんですよ。
右も左もサッパリわからないし 渡世仲間の仁義も知らない。クルマを売るのに"値引き"とか""勉強します"なんていうセールスマンの基本的なセリフすら知らなかったんですから。
私にとっては それこそタイトルどおりの 五里夢中の暗中模索の試行錯誤の支離滅裂の御名御璽のケセラ・セラの時期でした。

いろんな事がありました。
父の友人の中古車屋さんの社長に
「セールスマンというのは お客さんのところに行くのに 手ぶらで行っちゃいけねえんだぞ。」
そう教えてもらったんですが その当時は気のきいたノベルティなんてのは思いつかなかったし ウチではその時は 手ぬぐいやタオル、マッチや灰皿等というのも作っていなかったので パチンコ屋さんから景品で交換してきたチョコレートやタバコなどをカタログと一緒にかばんの中に入れてお客さんまわりをしていました。(夏は悲惨だったですよねェ。かばんの中でチョコレートが溶けちゃって カタログや書類関係が茶色になっちゃったこともありました。)
もちろん セールストークなんてシャレたものなんかまったく知りませんでしたので しょうがなくて 太陽堂書店に行って"あなたもスーパーセールスマン"とか"セールスマンの基本行動ABC"とかの セールスに付いて書いてある本を買ってきて独学で勉強してたつもりなんですけど、基本も何もできていない上に 18才のその年まで他人にお世辞なんか言ったこともないし 他のお店に丁稚奉公したわけでもありません。何らかの形で他人様と接触した経験は 中学校と高校時代に取手郵便局の年賀状配達のアルバイトだけでした。
 ですから 知らないお客さんの家に行って 
 「コンチワー いいお天気ですねー」
 「ああ いい天気だなー」
 「この分だと 明日もいい天気でしょうねー」
 「そうだなー」
 「もしかすると 明後日もいい天気ですかねー」
 「 ? 」
 まるで 落語の与太郎さんです。会話なんて弾むはずがありませんよね。お家の人は 「このアンちゃん いったい何しに来たんだっぺなー?」って顔で見るし 犬に吠えられたり噛み付かれたり 赤ちゃんを寝かしつけてる最中に「コンチワー」ってデカい声出してお母ちゃんに怒られたり お店屋さんの忙しい時間に行って「なに考えてんだ おメーは」と怒られたり いやもう無我夢中の毎日でした。(つづく)


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